第1回目『飲みニケーションは必要か/不要か』

【リアル討議の模様】

記念すべき“はたらくLabo”第1回目のテーマは『飲みニケーションは必要か/不要か』
先日、プロント(昼間はカフェ、夜はバー形態のお店)へ行ったら←のようなポスターが(笑)。

 

世間的には“飲みニケーション”は減ってきているようです。私が仕事で関わっている複数の企業や大学の職員に話を伺っても、いわゆる職場全体での飲み会は減少傾向。気の合う仲間少人数でとか、同僚と食事を兼ねて程度には飲みに行っても、職場全体では、歓送迎会や忘年会程度が多い。上司と部下という関係では、お互いに遠慮しあっているような雰囲気が感じられました。

さて、リアル議論の場では、どんな論戦が行われたのか、その様子をお届けします。

 

【必要派、不要派 意見表明】
≪必要派≫
サン=ジェルマン伯爵さん: 雑談をする場として必要。通常、日中の仕事の場では難しい。雑談を通して“人となり”を知ることができ、その貴重な機会である。
筋肉マン: “場”を変えることができる。仕事の場でないところで話すことで相手の状況(家庭の事情など)を知ることができる。
ムッソリーニ: 社内の人間関係(上司と部下、同僚同士)の関係を測り知ることができる。その“場”(=飲み会)に行くまでのプロセスが大事だと思う。飲み会の場では、今までに知りえなかったことを知るとか、共通の体験が出来るなども貴重である。

 

≪不要派≫
いちぢくさん: 掲示板の通り。付け加えるなら、スケジュール組むのも大変だし、お酒自体が好きではない人もいる。コミュニケーションは就業時間内が原則。会議の行い方なども工夫すべき点がまだまだある。加えて参加しない人の不公平感をどう扱う?
三味線を弾くビジネスマン!: いちいち飲み会でのコミュニケーションに頼るようでは現代のスピード感に合わない。飲み会の場でもきちんとコミュニケーションとるべき。多様性ある雇用形態の中で、正社員のコミュニケーションの場として飲み会があるのであれば、これもいかがなものか
ドン・フリオ: 飲み会は「目的」?「手段」? 偉い人が来ると本音なんかでない。参加も強制できるものではない。ということは全員参加にならない。また金銭的負担をどう考えるのか。飲み会でハイパーラポールは築けるのか?

 

【飲みニケーションの定義】
まず、“飲み”は以下図1のように分類できる。

 

(図1) 

今回の議題から考えれば、(職場の人たちとの)コミュニケーションの手段としての飲み会と考えるのが自然。「飲みニケーション」を定義するならば「職場の人間関係を円滑にするためにお酒の席で複数の人とコミュニケーションを図ること」。

 

【良い飲みニケーション/悪い飲みニケーションとは?】
≪良い≫
・ この人と一緒に(飲みに)行きたいと思う人と だったら (サン=ジェルマン伯爵)
・ もともと「+」の感情がある人と(飲みに行くこと) (ドン・フリオ)
・ 誘われた人が主役になれる飲みが良い飲みニケーション (いちぢく)

 

≪悪い≫
・ 強制(感) (全員)
・ 上の人と飲みに行って割り勘 (ムッソリーニ)
・ 飲みに行けばコミュニケーションが図れると思って行われる飲み会 (ムッソリーニ)

【この議論の背景】
現在の職場には「他人に関心が無い」
→ 周りに関心を持ってもらうきっかけとしての“飲み会”
→ なので、飲みに行く以外で他人に関心を持たせるきっかけ/仕掛けがあれば不要
では他人に関心を持つことは仕事上必要なのだろうか?

例えば、職場内の上司と部下のそれぞれの感情の状態を図2のように表すとする。

 

(図2)

右上のゾーンが最も良い業績を残していることは実験でも証明済みとのこと。
例えばA,B,Cそれぞれのポジションにいる人に、どのように右上へもっていくかは打ち手が異なる。Aに対しては飲みニケーションが効く可能性が高いが、BやCでは異なる。

 

【他人に関心を持つことの必要性】
例えばグローバル規模の製造業やIT企業などでは一度も顔を合わせたことのない人たちが相互にメールやグループウェアなどを使いこなして仕事を完遂させる例は多い。お互いが関心を持っているかといわれるとそのような職場ではあまりないだろう。(戸山)
モノづくりの現場のように、流れ作業になっていたりや完璧にモジュール化されているようなところでは他人に関心を持たなくとも上手くいく。しかし、何か創造性を求められるところにおいては他人に関心を持つ方がよい結果を生みだすように思う(サン=ジェルマン伯爵)

今の議論の参考になると思うのが図3のコミュニケーションピラミッド。

 

(図3)

飲み会の役割は、レベル2→3に持っていくための手段 (サン=ジェルマン伯爵)
職場の価値観やみんなの気持ちを「共有する場」としての“飲み”はある方がよい(サン=ジェルマン伯爵)
ランチは確かに有効な手段の一つだが、時間の制約が難点 (筋肉マン)
飲み会を行う、ということで職場内の感情なり問題があぶり出される (ムッソリーニ)

 

【昭和の飲みニケーションと現在の飲みニケーション】
果たして昔からそうだったのか?昭和の時代の飲みニケーションと現在の飲みニケーションは何が違う?(戸山)
昭和の飲みニケーションは「ムラ社会のメンバーであることを相互確認すること」 (サン=ジェルマン伯爵)
当時は近い価値観を共有できていたのでは? また、飲みが手段化しておらず自然発生的だったと思われる(三味線を弾くビジネスマン!)
昭和の飲み会は男社会の飲み会=仕事の延長線上
現在では、↑のようにはいかない (いちぢく)
あくまでも飲みニケーションは「モチベーションを高める選択肢の一つ」 (筋肉マン)
色々な配慮は必要。お酒が入ることで人が変わってしまう人がいるのが嫌。
酒で人が変わるな! 下ネタ言うな!(まいまい)
飲みに行けば(コミュニケーションが)上手くいくという単純な考えが間違っている (全員)
ランチは確かに有効な手段の一つだが、時間の制約が難点。
などの意見が噴出。

 

どうも今回のメンバーは、個々人としては飲みに行くことが好きそうな人たちが集まったにも関わらず、全員が昭和型飲みニケーションに対しては賛同していないことだ。自分の出欠席の意思が反映されにくい(断りにくい)飲みは誰もが望んでいない。昭和から平成、現在に至る流れの中で、飲み会自体、そして飲みの場で行わるコミュニケーションのあり方も変わってきた。にもかかわらず、その変化を気にせず(気づかず?)かつてと同じノリで誘う上司たち。ここにギャップが生まれているのではなかろうか?

 

【“飲みニケーション”への誘い方】
では、最後にどんな誘い方だったら皆さんは気分良く参加できる?“快”になるような誘い方とは?
(このような飲み会に対して積極的でないメンバーに対して)誘う前に(誰が乗り気で誰がそうじゃないか)見当が付いていない時点でアウト!
結局日頃が大事。日頃の人間関係が飲みニケーションの入り口(誘う時点)でも反映されると言うこと。
日常から、そして飲みの場でも、誘う段階でも、(参加者が主役であるという)演出やノリが大事。
ということには全員が賛同。

 

【まとめ~これからの時代のあるべき“飲みニケーション”とは】
あくまでも日頃の職場でのコミュニケーションの補強手段。
現状よりもより良い職場を作りたいのであれば、飲み会も戦略的に実行すべし。その際の主役はあくまでも参加者。参加者が誘われる段階から「快」の感情を最後まで持てる工夫を。
飲みに行くことで「コミュニケーションが取れている」とか「コミュニケーション取ろうとしている」と思うのは大きな勘違い。従って、強制参加などはもってのほか。
誰もが自らの意思で参加したいと思わせるには、日頃からの関係構築と乗り気になる誘い方、そして参加者が楽しめる場づくりを。(前回の印象が次回の成功に結び付く)

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